「マリア・ベターニア
〜 魅了の恥じらい」
マリア・ベターニア、その美しい響きの名を彼女に付けたのは4歳上の兄カエターノ・ヴェローゾだそうだ。彼女の歌は"バイーアの熱気"を発散するのではなく、情熱的でありながら恥じらいを感じさせ、内観的で清楚だ。その独特の感性から現代のMPBディーバの一人とされる。
彼女が人前で歌いはじめるのは1964年、18歳のとき。地元サルヴァドールの音楽劇団に入ってからである。役を演じながら歌う時の高い表現力は、たまたま町を訪れた"ボサ・ノヴァの歌姫"ナラ・レオンの目にとまり、翌年ナラの後任としてリオの舞台ミュージカルに呼ばれる。このとき歌った「Carcara」とカエターノの最初のヒット曲「E de Manha」が反響を呼びシングル・リリースされる。
65年のファースト・アルバムでボサ・ノヴァ以降の若手シンガーとして注目されると、以降徐々に才能ある作曲家から曲を提供され続け、71年のアルバム『A Tua Presenca』から78年のミリオンセラー・アルバム『アリバイ』にかけて数々のヒットを出し、実力派シンガーとしての地位を固める。
なかでもシコ・ブアルキ(Olhos nos Olhos、O Meu Amor他)、ジャヴァン(Alibi)、ゴンザギーニャ(
、Grito de Alerta)、そしてサンバの大御所アデリーノ・モレイラ(Negue)らの曲が最も反響を呼んだ。もちろん兄カエターノとは「Doces Barbaros」での共演を含めコラボレーションを欠かしたことはない。
86年にはトム・ジョビンとシコ・ブアルキ共作の「
」、88年にはカエターノの「Ta Combinado」などを歌いヒットとなる。93年にはホベルト・カルロスとエラズモ・カルロスの曲だけを歌ったアルバム『As Cancoes que Voce Fez para Mim』がミリオンセラーとなる。
90年代半ばから新世代コンポーザーの曲を積極的に取り入れるようになり、96年にはシコ・セーザルの美しいバラード「Onde Estara o Meu Amor」、99年にはヴァネッサ・ダ・マッタ(シコ・セーザル共作)の「A Forca que Nunca Secara」などを歌ってヒットとなる。他にもアドリアーナ・カルカニョットやアナ・カロリーナなど後輩女性シンガーの曲も取り上げている。
2003年にはバイーアに古くからある聖歌を集めた興味深いアルバム「Canticos, Preces e Suplicas a Senhora dos Jardins do Ceu」をリリース。同年、自らのレーベル、Quitandaを立ち上げ、ブラジルの伝統民話を歌と詩で表現したアルバム『Brasileirinho』をリリース、2004年には同アルバムのライブ盤DVDも制作した。
2004年にデビュー40年を祝ったマリア・ベターニアは相変わらず健在のようである。
♪代表曲
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